2017年2月28日火曜日

Ryumonji ニュースレター(2016年秋)


非 思 量  Non-thinking

 窮地に追い込まれ、身動きが取れなくなったとき、あなたはどうしますか?これは私の兄が最近経験したことです。腰の感染が体全体に広がったため、兄は約3か月入院しました。死と隣り合わせの状況だと担当医に言われ、患部を複数回手術しました。病院のベッドに寝ている期間中のほとんどの間、兄は全く動くことができませんでした。

 入院中やリハビリの期間中、私たちはずっと話をしていました。兄はいつも行動的でしたが、今は病院のベッドから動くことはできず、フラストレーションと痛みがたまっていました。文字通り窮地に追い詰められ、全く動くことができなかったのです。刑務所に閉じ込められた犯罪者の気分だと兄は言っていました。しかし、最後には、この状況をあるがまま受け入れることができ、3か月後には退院し、感謝祭を自分の家で祝うことができました。

 これは、自分が対処できると思われる以上のカードが人生から配られたという強烈な体験です。あなたの「好き」や「嫌い」を超えたことが起きることがあります。できることが他にないときは、あるがままの物事に対処するしかないのです。物事は見えるままということもあります。問題は、あなたが物事のあるがままの姿に気付き、あなたが立たされている窮地に向き合うことができるかです。

 あるがままに向き合うというのは「非思量(Non-thinking:考え以外の状態)」の一つの形です。物事がどうあるべきかというあなたの考えを超えたものです。「非思量」はぼやっとした鈍い意識ではありません。あるがままの状況から立ち上がることです。この「非思量」はとても静かな状態です。

 「非思量」は坐禅において最も重要な特徴です。曹洞宗を中国から日本へ伝えた道元禅師は普勧坐禅儀(万人へ向けた坐禅の勧め)の中で、この意識の状態を説明しています。普勧坐禅儀の原本は、13世紀に道元により創立された永平寺の資料館のガラスケースの中に展示されています。普勧坐禅儀は道元禅師が日本へ帰国して初めて著した書物で、毎夜、世界各地の僧堂で唱えられています。

 「非思量」は坐禅修行における一つの技術ではありません。坐禅とはクッションの上に座り瞑想することだと、一般的に考えられています。しかし、本当はそれ以上のもので、人の生き方なのです! 「坐禅は日常の問題だ」と道元は言います。私たちが受け入れられるかどうかを超え、日々の生活にそのまま取り組むことです。世界は独自のペースで回ります。あるがままを受け入れるのは簡単でないときもあります。兄の場合、3か月間病院のベッドに寝ているのは本当に大変でした。この日常への取り組みを仏祖は24時間坐禅と呼んでいます。

 私の場合、日本からミネアポリスまでの12時間の飛行中に、この記事を書きました。12時間の飛行時間は12時間の飛行時間です。この12時間に向き合うしかありません。自分が対処できると思う以上のことが起きることもあります。私に必要だったのは、心を静め、その状況と一体となることでした。これが、窮地に立たされ身動きが全く取れない状況から立ち上がるということです。

合掌
龍門寺住職 彰顕ワインコフ


2015年6月28日日曜日

2015年1月13日火曜日

カルチャー講座「西洋に渡った禅仏教」

2月から吉祥寺カルチャーセンターで「西洋に渡った禅仏教」と題して、代表的な禅とチベット仏教の英文著作6冊を拾い読みする講座を始めます。1980年代にアメリカで体験した禅仏教の広まり、欧米での在家修行者の修行等、在家修行者の立場から見た海外の禅仏教を、逸話も交えながら紹介します。


 1月24日〈土)は無料体験会も行います。ご興味あるかた、ぜひご参加ください。

2014年2月26日水曜日

Moriyama Daigyo Roshi

A message from Joshin sensei of La Demeure sans Limites:

le mardi 11 mars je vous propose de prendre le temps dans la soirée de faire zazen, d'aller regarder sur le site ( accueil du site, les lectures le lignage, Zuigakuin) la biographie et les réalisations de Moriyama Roshi, d'exprimer, par les moyens de votre choix,  votre gratitude envers lui, et envers tous les Maîtres, pour tout le travail accompli, pour avoir pris soin du Dharma, et pour nous avoir guidés avec compassion dans la Voie du Bouddha.
Je serai en zazen à partir de 19h.  

Tuesday, march 11th, I suggest you to take some time in the evening for zazen, to go on our home page to read Moriyama Roshi's biography, to find some ways – chanting, ogffering, so on-  to express your gratitude towards the Roshi and all the Masters for all the work they did, for taking care of the Dharma,
and for having been our guide in the Buddha's Way.
I will be sitting zazen from 7pm.

« Zazen est notre pratique, celle
qui a été transmise par M°Dogen
et par tous les Maîtres. C'est la première aile de l’oiseau; et la deuxième, c'est Sila, les préceptes.
C'est cela qui nous permet de voler 
dans le pur royaume du Dharma... »

« Zazen is our prctice, the one transmitted by M°Dogen and all the Patriarchs. It is the first wing of the bird.
The second one is sila, the precepts. This is what allowed us to fly freely in the pur Dharma World... »



2013年8月3日土曜日

龍門寺僧堂落慶・片桐老師25回忌法要

2013年6月30日、龍門寺の僧堂落慶および片桐大忍老師の25回忌法要が、アメリカ・アイオワ州の龍門寺で行われました。

法要には、(オレンジの法衣を着た龍門寺住職のワインコフ彰顕老師の右から)、永平寺後堂の斎藤芳寛老師、アメリカ三心禅センターの奥村正博老師、飛騨の正宗寺の原田道一老師、(ワインコフ彰顕老師の左に)曹洞宗北米総監のルメー大岳老師、片桐トモエさん等、約200名程の龍門寺ゆかりの参禅者等が出席しました。多くの人々が互いに数十年来の知人・友人で、和やかな時間がすごせました。

ミネソタで楢崎一光老師が弁道会を行ってからもう30年経ちました。残っているものもあれば、なくなったものもあり、さらに新たに生まれたものもあります。まさに無常。光陰矢の如しです。30年前の弁道会では、仏教修行のために、アメリカ人がなぜ文化の異なる日本の応量器の作法を学ばなければならないのかと、弁道会中にも係わらず、アメリカ人修行者同士で熱い議論が行われましたのを印象深く思い出します。その弁道会の参加者の多くと30年ぶりに再会することもできました。次の(30年目の)法要で何人と再会ができるのか、龍門寺がどうなっているか楽しみにしています。


法要の最後は、般若心経をコーラス曲とした歌も歌われ、アメリカ?らしい法要でした。実際の法要で歌われたものの記録は入手できませんでしたが、下記のようにアメリカでは良く歌われているようです。歌詞は主に般若心経の最後の三行です。

羯帝羯帝波羅羯帝(Gate Gate Paragate)
波羅僧羯帝(Parasamgate)          
菩提僧莎訶(Bodhi Svaha!)  




金曜坐禅会は8月から再開です。