投稿

ラベル(提唱 / Lectures)が付いた投稿を表示しています

森山老師の提唱(瑞岳院創建時の決意等) 

イメージ
2010年10月摂心での森山老師の提唱の音声データです。32年前に何もない所から始めた瑞岳院の創建時の苦労話など、いつもながら楽しい提唱です。 「明日が見えないのは昔から、そこからどのように進んでいくか」「日常生活において、仏の教えをどのように活かすか」がテーマです。 2010年10月摂心の提唱

Moriyama Roshi's article on Practice in Spanish

イメージ
Zuyken san del Zendo de los Tres Tesoros , un centro zen en Montevideo, Uruguay, amablemente nos envió algunos fragmentos del libro de Moriyama Roshi,  preparado en español para lectores hispanoparlantes. Gracias! Por favor, siga el siguiente link para descargarlo. Zuyken san of Zendo3tesoros , a Zen center in Montevideo, Uruguay, kindly sent us some excerpts from Moriyama Roshi's book prepared in Spanish for Spanish readers. Thank you! Please follow the following link for download.   Roshi-Nuestra Práctica

Depth of Zazen

イメージ
Statue of Avalokitesvara ( bodhisattva of mercy and salvation) in a road to Zuigakuin This is the third part of Moriyama Roshi’s Dharma Talk. In the talk, Moriyama Roshi said: “Various scales are used to measure the depth of Zazen, the sitting meditation. There are five levels in the depth of Zazen in considering a factor of time which I personally experienced during Zazen. Level 1: your thought is filled with delusions. Level 2: you feel the time passes faster than usual Level 3: you feel the time passes slower than usual Level 4: you feel no passage of time Level 5: you can control the passage of time in yourself” One practitioner asked Roshi, “To reach the higher level of Zazen, what kind of practice I should do and how long I should continue such practice?” Roshi answered as follows: “It depends on an individual characteristic. Some person may quickly reach to the deeper level, and some person may take much longer time than others. However, you should never worry about such things....

坐禅の深さ / Depth of Meditation

イメージ
瑞岳院への山道から見えた富士山 森山老師の法話、第3弾です。 森山老師のお話: 「坐禅の深さに関する尺度はいろいろあるが、私自身が個人的に感じた時間に関する観点から考えると、坐禅の深さには5つのレベルがある。 坐禅をしていても妄想ばかり 坐禅をしている時間が短く感じられるレベル 坐禅をしている時間が深く長く感じられるレベル 時間の経過を感じなくなるレベル 時間を自在に作り出すことができるレベル」 また、参禅者から「坐禅の深いレベルに達するためには、どのような修行が必要なのでしょうか?また、どれぐらいの期間、修行すればよいのでしょうか?」との質問に対して森山老師は答えました。 「個人の資質によります。すぐに深いレベルに達成できる人もいれば、深いレベルになかなか到達できない人もいます。でも心配はありません。私も修行して深いレベルに達成できたのですから、皆さんも必ずできるはずです。」 とはいっても、参禅者としては、自分の坐禅が現在どのレベルであって気に病む必要は全くありません。曹洞宗では坐禅を強調するため、坐禅の出来不出来や覚りを得られるかが気になるかもしれませんが、そのような目標に至ることが本質ではないのです。普勧坐禅儀で道元禅師は  「いわゆる坐禅は、習禅にはあらず。ただこれ安楽の法門なり。」  と述べています。道元禅師の勧める坐禅は、仏法修行の一部分として行う坐禅ではありません。その坐禅の中に仏法のすべてがあるのです。橋本恵光老師はその著作「普勧坐禅儀の話」の中で、このような坐禅のことを、以下のように述べています。 習禅にあらざる坐禅は、初発心より有所得の心を一切もちいず、力を尽くして専一に打坐し、仏に至っても、いよいよ常精進の一路を無限に歩む法である」 坐禅に関して、最終目標とすべき「静的」状態があるのではありません。大事なのは、「動的に」(一瞬一瞬において)体と息と心を調整するという作業(調身 (端坐)、調息、調心(至心))そのものです。坐禅の作法は普勧坐禅儀に説明されていますが、具体的・詳細な点については森山老師あるいは指導者とよくよ く納得するまで相談すべきです。世の中には、念息、数息観、内観、止観行(サマタ瞑想とビパッサナー瞑想)、マインドフル瞑想等、宗教・宗派・指導者に よっては様々な瞑想法があります。その修行者にとって、その時点で、ど...

坐禅で重要なのは坐禅以外の所 Important point of Zazen (meditation) is in part other than Zazen

イメージ
大分時間が経ってしまいましたが、7月摂心で行われた 森山老師の法話 の第2弾です。 森山老師のお話(その2): 「坐禅の修行で重要なのは坐禅以外の所である。坐禅の修行で坐禅を行うのはもちろんであるが、坐禅だけを立派にやればよいというものではない。坐禅以外の食事の取り方、経の読み方、歩き方、話し方、日常生活における行動全てにおいても、仏教徒として行うべき行動をとらなければならない。弁道法では、僧堂の集団生活における生活行動の全てについてルールを示している。これをヒントにして、各自の日常生活においても、どのように生活すべきかを考えてほしい。」 一般の社会では、一人一人に対していくつかの役割が与えられている。例えば、中年の男性であれば、勤務先では上司であり部下であり、家庭では夫であり父親である。さらに、自身の親に対しては子供であると同時に兄弟に対しては兄や弟となる。仏教の修行は、これらの一人一人に与えられた役割をすべて果たした後に行われることが理想であり、これらの全ての役割から離れたところに存在する一個人自身を深めるのが仏教の修行である。そのようなすべてのしがらみから離れた個人を深めることができれば、社会や家庭での役割もより円滑に果たすことができるはずである。 This is the second part of the article regarding on Moriyama Roshi's talk during July Sesshin. It has been a long time since the last time I posted the first part . In Sesshin Moriyama Roshi also said, "The important point of Zazen (sitting meditation) is in part other than Zazen. Of course it is important to do Zazen when you practice Zazen.  However, it doesn't mean all you have to do is good Zazen. In addition to Zazen, you also have to do wel...

Moriyama Roshi's Dharma Talk in July Sesshin: What we can learn from practicing Bendo-ho?

イメージ
Morning in Zuigakuin Meditation Hall In June 17th to 19th, July Sesshin was held in Zuigakuin.  In the Sesshin, Roshi gave a Dharma talk.  It is the best to listen Roshi's talk on live.  However, for people who could not attend the talk, I (Tessan Abe) will post some of major topics as much as I could understand.  Your comments and questions are always welcome.   Moriyama Roshi said, "Zuigakuin is a place to practice Bendo-ho. I hope all practitioners can practice together to familiarlize yourselves with the ancient traditional practice method, Bendo-ho.  The Bendo-ho was created by Zen Master Dogen 800 years ago.  Practicing such things may be like you are experiencing a totally different culture even if you are Japanese.  But, I want you to learn something from your experience in Zuigakuin and bring them back to your daily life. Bendo-ho is formed with sets of directions and rules set by Zen Master Dogen with respect to each of activities t...

森山老師の法話(7月摂心):弁道法から学ぶ

イメージ
朝の禅堂 7月17-19日瑞岳院で摂心が行われ、森山老師のご法話がありました。老師のお話はその場で聞くのが一番良いのですが、参加できなかった方のために抜粋して主なポイントだけを、本ブログ管理人が理解可能な限り、お伝えしたいと思います。質問やコメント等お待ちしております。 森山老師のお話(その1):「瑞岳院は弁道法を実践する場所です。参禅者の皆さんには、瑞岳院で一緒に修行し、道元禅師が伝える古来伝統の弁道法に親しんでいただきたいと思います。弁道法は800年前に道元禅師が作られたものです。これを現代の皆さんが実践するのは、まるで異文化を体験しているようなものでしょう。しかし、ここでの体験をきっかけにして、何かを学んでほしいと思います。」 弁道法とは、僧堂生活において行われるそれぞれの行動について、道元禅師が定めた指針や規則です。ここでいう行動とは、坐禅や読経の仕方だけでなく、禅堂への入堂方法、食事作法、洗面、就寝の作法等が含まれています。これら指針や規則は、僧堂での集団生活において、仏道修行を遅滞なく、一分の隙もなく進めるためにはどのように行動すべきかを具体的に示したものです。 電気も水道もない瑞岳院での修行は異文化の体験だと思います。しかし異文化体験は、自身の日常を見直す絶好の機会となります。例えば、海外旅行に行けば、日本と異国の文化との違いに驚くと同時に、自国の文化をより強く意識することが多いのではないでしょうか。しかも瑞岳院での「異文化」体験は、古来伝統の仏道修行そのものです。例えば、経典を読むことで仏陀の教えに親しむことができるように、弁道法を実践することで道元禅師の教えを、行動を通して親しんでいるのです。 「弁道法の体験をきっかけにして何かを学んでほしい」と森山老師は述べられました。弁道法を自宅に帰ってからも行えというのではありません。仏道修行は坐禅や読経だけではありません。生活のすべてが修行です。弁道法が教える精神を、文化の違いを超えて、各々の日常行動の中にも活かしてほしいと思います。 次回以降は以下のトピックについてお伝えいたします。 現代人の精神的基盤 禅の修行で重要なポイント 坐禅の深さ