投稿

Meditation for Moriyama Roshi with Joshin Sensei

イメージ
Here is a letter from Joshin Sensei Sunday, March 10 th , from 9h30am to 11h30 am, we will sit quietly, in homage to Moriyama Roshi. If you cannot come to sit with me, Joshin Sensei, and the French Sangha, we hope you will join us  in spirit, to give back to all sentient beings, the good fortune we had to meet a true Dharma teacher.               The right transmission is Sampai- prosternations. M°Dogen wrote, in the Shobogenzo chapter « Raihai Tokuzui » : «When one practices supreme and perfect enlightenment, the most difficult task is to get a guide and teacher. That teacher is not in the form of a man or woman but rather will be a person of great resolve, will be just such a person. The teacher is not a person from the past nor a person from the present. After you have encountered a guide and teacher, you should cast off the myriad distractions and, without losing a mom...

無常迅速

イメージ
アメリカ龍門寺 住職  ワインコフ彰顕 「生死事大、無常迅速」と言われますが、現実とならない限り私たちは信じようとしません。   2012 年 4 月 4 日、ショーシン・ボブ・ケリー和尚が亡くなりました。 87 歳でした。体力が尽きてしまったようです。彼は龍門寺設立メンバーの一人で、亡くなる 1 週間前に話したばかりでした。この知らせが来るのは分かっていましたが、彼の死を告げる電話を受けたとき、 なかなか 受け入れることができませんでした。空に光る雷のように、 世の中はあっという間に変わってしまうものです 。  龍門寺開山当初、敷地に建物は何もありませんでした。「空き缶に寝る」と言ってショーシンさんが小さなキャンピングトレーラーに寝泊まりしていた日々を思い出します。建物の工事が始った頃、 ショーシンさんは 本堂の床張り工事の手伝いで、電動のこぎりを使い樫の板を切っていたのですが、誤って小指の一部を切り落としたということもありました。仏像を彫り本堂の幕を作ってくれたのも ショーシンさんです 。新設した僧堂の文殊菩薩もそうです。  人生はあっという間に過ぎ去ってしまいます。ダライラマは「皆、死が生の一部だと知っているが、それに対して誰も準備はできない。」と言っていました。身近な人が亡くなったとき「無常」が現実となります。それに捉われずにいるのは簡単なことではありません。  人生について、各自それぞれの思いを持っています。何がほしいかほしくないか。物事がどの程度の速さで、どれだけ続くのか、それがどれだけ大事で、自分がどの程度耐えられるか等々。しかし、私たちのこんな思いを超え、この世はそれ自体の流れに従い進んでいきます。それ独自のリズムがあるのです。始まりのない過去から終わりのない未来へ向かう流れです。人生(個人のいのち)はこの流れの中で起こる、つかの間の現象なのです。  「生死の中に佛あれば、生死なし(定山和尚、 805-881 )」と言われます。「生死の中に佛なければ、生死にまどはず(夾山和尚、 771-853 )」とも言われます。  この「生(いのち)」は「私の」いのちではありません。私たちみんなのいのちは、始まりのない過去と終わりのない未来が具現化したものです。ある意味「生も無く、死も無...

Impermanence is Swift

イメージ
by Shoken Winecoff, Abbot of  Ryumonji Zen Monastery It is said:  Life and death are the great matter.  Impermanence is swift.  However, we don’t believe it until it happens. On April 4, 2012 Rev. Shoshin Bob Kelly passed away from this life.  He was 87 years old.  His body just gave out.     I had just talked with him a week before his death.  He was one of the founding members of Ryumonji. When I received the phone call saying that he had passed away, I knew it was coming but still could hardly wrap my mind around it.  Impermanence is swift, like a bolt of lightning striking in the empty sky. I can remember back when Ryumonji first began before we had any housing.  Shoshin-san slept in a tiny Scamp trailer.  He called it “sleeping in a tin can”.  Those were the early days.  When we started construction of the buildings he helped lay flooring in the Buddha Hall and lost part of his litt...

金曜坐禅会-再開しました

イメージ
ソノマ・マウンテン禅センター での1か月間のWinter Practiceも無事終了し、4月から 金曜坐禅会 を再開しています。平日午前中という時間ですが、ご都合の合う方は是非お立ち寄りください。 Jakusho Kwong老師と2012年Winter Practice参加者 ソノマ・マウンテン禅センター本堂 禅センターのキッチン前に育つグレープフルーツ

坐禅会休会-冬安居参加

イメージ
瑞岳院龍門 Zuigakuin Dragon Gate 金曜坐禅会は1月末から2月末まで休会とさせていただきます。瑞岳院の森山大行老師およびミネソタ禅センターの故片桐老師の旧友であるJakusho Kwong老師の指導を受けるため、 Genjoji: Sonoma Mountain Zen Center で行われる冬安居に参加してきます。きっかけとなったのは昨年9月にKwong老師からいただいた言葉でした。 "...... (Moriyama) Roshi - left you the most precious thing in the universe - Zazen;  Therefore, your should find its true value not just for yourself, but for everyone too.  Anyway, roshi will not all ways be here and in this case it happened earlier.  Now is the time - to make the next step;  The next step is dependent on the first and so on;  Just step by step........Actually, it is so for everyone of us......." "・・・(森山)老師は「坐禅」という世の中で最も貴重なものを残して行ってくれた。その本当の価値を、自分のためだけでなく、すべての人々のためにも、理解しなければならない。老師がいつまでも、そばにいてくれるわけではなく、今度はその事が早く起きてしまった。いまこの時こそ、次の一歩を踏み出さなければならない。そして、その一歩がさらに次の一歩につながる。一歩づつ進んでいく。・・・もちろん、これはすべての人に当てはまることだが・・・" 森山老師の行方は依然として不明ですが、次の一歩を歩みだす時期に来ているようです。日本の安居は僧侶向けで3か月間続くため、在家修行者の参加は難しいのが現状です。一方、アメリカの曹洞宗系の禅センターでは、僧侶・在家修行者の区別なく1ヵ月から 2...

金曜坐禅会 Friday Meditation

イメージ
10月より東京の田町、芝浦地区での坐禅会を再開しました。坐禅をより身近なものとし、日常生活の一部として無理なく続けていけるような会にしたいと考えています。坐禅、仏教を学びたい方、ぜひともご参加ください。坐禅は曹洞宗の教えに従って行いますが、宗派、宗教は問いません。 スケジュール:    毎週金曜日AM(場所の確保ができない場合もあります。日程をご確認ください)    9:30-10:10 坐禅     10:10-10:20 経行(きんひん)     10:20-11:00 坐禅  場所: 芝浦港南区民センター (東京都港区芝浦4-13-1、TEL 03-3769-8864)、第2和室 参加費:200円(区民センターの利用料金です) 連絡先: 阿部鉄生 (あべてっさん) 不明な点がありましたら、上記連絡先へ何なりとご連絡ください。なお坐蒲(ざふ)はこちらで用意しております。坐れない方には椅子も用意しております。 From October, 2011, Shibaura Zen Group offers weekly meditation session in Shibaura, Tamachi area.  The session starts Friday morning from 9:30 AM - 11:00 AM at Shibaura Konan Kumin center . The session includes two 40-minute periods of sitting with one 10-minute  period of walking meditation in between. Chairs are available for those who have difficulty to sit on a cushion. If you are interested, please contact Tessan Abe .

「分からない」と不安/Not Knowing and Anxiety

イメージ
瑞岳院の森山老師と連絡が取れなくなってから半年が経つ。現在でも何が起こったのか全く分からない。このように「分からない」ままでいることは結構つらい。「分からない」状況でも一歩を踏み出さなければ、捜索が進まないのでやっているが、それでも今後のことを思うと不安になる。 「分からない」のは森山老師の行方だけでは無い。この世の中、全ての物事がそうだ。社会生活を営む上で確実なのは、将来皆死ぬということぐらいではないか。科学的な法則であっても将来は変わるかも知れない。しかし、これが現実であり、この世界で生きていくには「分からない」状況で可能性の高い状況を想像し、それを手がかりに行動するしかないのであろう。 問題なのは「分からない」ことが「不安」に直結することだ。 人は「分からない」ことや理解できないことがあると、そのまま受け入れることはできない。受け入れるために、何とかして自分自身が理解できるように納得できるように、「分からない」ことを解釈する。ある人は収集した情報を根拠に、ある人は合理的な考えに従い、ある人は感情的に、ある人は宗教的に。「分からない」ことを自分なりに「分かり」、その解釈や理解を信じこむことで安心したり、あるいは、自分自身が信じた悲観的な解釈によって、さらに不安になるのである。 ただ多くの場合、本当に納得し安心できる解釈を見つけられなかったり、まだ現実とはなっていない悲観的な解釈に恐れおののくのではないだろうか。一時的には納得しても時間が経つと納得できなくなったり、他者から否定されたり、考えていなかった事が起きて、結局は不安に逆戻りとなることも多いはずだ。 「分からない」と不安を直結させないためには、物事というものは根本的に「分からない」、とアタマと心で徹底的に理解しなければならない。どんなに確からしい解釈であっても、それは現実には起きていないことであり、違うことが起きる可能性もあることを常に考えておこなければならない。そして仏教では、さらにその上で、このような考え方、理解も自分自身の解釈の一つだと理解し、さらにその上でそんな理解も自分自身の解釈だと理解し、さらにその上でそんな理解も。。。 そうこうしているうち、何とかこのループから外に出られるように、期待をせずに、これを続けて行く。 残念ながら私自身はその心境には達しておらず、本当のところ...